教団の沿革
1952年、
太平洋戦争も終わり、講和条約を通して、日本も独立し、後の指導者である吉野勝栄、星野栄一らは、戦後しばらくは日本基督教団ホーリネスの群の中で活動を続けていた。また、東京聖書学院を設立し、多くの教職者を輩出した。
1953年、
吉野勝栄、星野栄一らは、私共同志と共に日本基督教団から出て、同年6月「日本福音教団」を設立、宗教法人の認可を受けた。吉野勝栄師を初代の総会議長にし、副議長に星野栄一を選出した。
1971年、
日本福音教団から離脱した教会が、吉野勝栄、加藤博重らを指導者として「日本福音教会連合」を設立した。日本福音教団は分裂し、日本福音教会連合と分かれた。第2代の総会議長に星野栄一師が推挙され、その時代より韓国、中国の宣教師を受け入れ、各地の伝道を応援する。
1996年、
9月に星野師が死去。10月に福音聖書教会での臨時総会で、武井啓治師が議長に選ばれたが、諸事情により日本福音教団を離脱され、平岡忠雄師が議長代行と1年余星野師、武井師の残期を全うされる。
1998年、
3月に教団第26回総会にて、田辺誠一師が総会議長に推挙された。
2002年、
創立50年になった教団の記念集会と記念誌の発行が出来た。
2004年、
3月に前体制になる。
2018年
o 2月12日に「日本人教職者・信徒リバイバル聖会」が東京の福音聖書教会(田邊誠一牧師)で開催され、日本福音教団再生の道筋の土台が
固められた。
o 3月7日の臨時総会を経て6月19日には東京の聖都教会で年会・総会が開催され、議長を野村正幸が務め、新しい七人の責任役が承認された。
2019年4月30日、
東京の日本ベテル教会の年次総会において、野村正幸牧師が代表役員、総務は白均鉉(ペク・キンヒョン)牧師が選ばれた。
2024年3月20日、
仙台愛の教会の年次総会において、 白均鉉(ベクキュンヒョン)牧師が代表役員、総務は梅木衛牧師が選ばれた。
